佐竹のりひさのイラスト

2025年10月21日(火)

最低賃金制度の課題

 先般、本県の最低賃金が1、031円に決まり、前年の全国ワーストからは脱却しました。
 昨年は各県が様子見しながら、ワーストを脱却しようと知事自らが誘導した県もあり、結果本県が最下位となりました。
 自分自身、昨年は知事の立場でやきもきし、労働側の立場で可能な限りのアップをと、それとなく情報発信しましたが、あからさまに審議会への圧力になるようなことは、独立した審議会への干渉となることから控えました。
 しかし、現在の制度では必ずどこかが最下位となり、ことさら最下位の自治体は不名誉的に取り上げられるので、知事が働きかけする気持ちも十分理解出来ます。

 今の各都道府県別制度や各都道府県審議会方式が果たして良いのかどうかという点があり、この点は今後十分な議論が必要と感じます。
 今ひとつ、審議会メンバーが学識者と労働側代表、使用者側代表となっていますが、問題は使用者側委員が主に数としては多い小規模・中小企業会員で構成される地元商工団体などの代表に偏っているという点です。
 確かに最低賃金は、数の多い事業者の方に合わせるというのも一理ですが、そのように捉えれば、最低賃金制度は小規模・中小企業保護制度ということになります。
 この点も、憲法の主旨からは議論が分かれるのではないでしょうか。

 実際に、地元中小企業でも最低賃金を大きく上回る賃金の企業もありますし、多くの中央資本の出先事業所では、非正規従業員でも相当に高額な所もあります。
 ましてや、人口減少・人口構成の高齢化による人手不足の現在では従業員確保に賃金水準のアップは不可欠です。
 先日、全国に店舗を展開しているある飲食店で食事をした際に、店の規模にしては多くの従業員が働いているので、従業員の一人に失礼かとは思いつつ「おたく給料良いの」と聞いたら、にっこりと笑顔で「まあね」と答えて頂きました。 
 また、時給が最低賃金を相当に上回る賃金のアルバイト募集の張り紙の店も目にするようになっています。

 実際には、県内に最低賃金を超える中小企業も数多くありますが、この階層は、使用者側委員の商工団体に加入していても形だけという企業や、加入していない企業が多いような気がします。
 確かに、賃金体系は多くの小規模な個人事業主や中小企業には重要な要素ですが、いつまでも最低賃金制度を小規模・中小企業の現状維持での存続にも受け止められる保護制度的に運用している点が、日本が多くの国々の経済成長から引き離され、先進国最低レベルに置かれている要因でもあるように感じます。
 確かに全企業数に占める中小企業の比率は先進諸国と大きな違いはなく、また製造業では日本の中小企業が我が国の「ものづくり産業」を支えている面があるものの、我が国の国際競争力を高めるという視点からも、産業団体を介しての護送船団方式による小規模・中小企業の保護政策を見直す時期ではないかと感じます。

 産業経済構造は急激に変化しており、この点に対応せず、いつまでも現状維持のための保護政策を続けている点が、少子化、人口減少にも一定程度関連しているものと感じます。
 総体的には、あらゆる分野での人手不足の中で、小規模・中小企業中心の産業経済構造の根幹からの改編、端的に言えば量より質への転換により、人手不足と賃金アップに一定の効果が生ずるのではないでしょうか。

 外国人労働者の必要性も増し、その方向性は必要としても、海外諸国の賃金レベルが上昇する中で、現状の日本の賃金では、日本で働く魅力も低くなっているのが現状です。
 かつては、外国人労働者は、低賃金で雇えるという思考が多かったと感じますが、人権尊重という視点からも、現在は安い労働力という意識は通用せず、日本人と同じ待遇と生活環境が不可欠で、外国人労働者を低く見る意識は通用しなくなっています。
 もちろん、犯罪を起こす不法な外国人や、所により問題を起こしている難民申請を悪用する外国人への厳正な対応、地域と共生出来ないような外国人の不動産所有の問題など、国民に不安を抱かせる外国人問題への適正な対応が早急に必要なことは言うまでもありません。

 以上の点を、産業経済構造の面から考察すると、

・時代の変化に合わず存続が不可能な業種・業態が相当増加している現実を直視すること。

・例えば、マーケットを広く持てる製造業やハードインフラ維持や災害対応などにより地域に不可欠な建設業などと、一定の地域マーケットが必要な商業、地域サービス業など、業種・業態により濃淡はあるものの、かつて一定の人口を抱えており、地域で同一業種の小規模・中小企業が複数存在しても経営が成り立っていたものの、現在では人口減少によりマーケットが縮小し、狭いマーケットの中で複数の小規模・中小企業の競合では経営が成り立たなくなっていること。

・また、次のような点で大きな変化が生じ、消費者やユーザー意識も激変していることを認識すべき。 

 ①ネットも含め通信販売の急拡大

  テレビやネットでは大手通販会社のショッピング番組や多種多様な通販広告が溢れており、手軽にあらゆる商品やサービスが受けられる状況になっている。

  アマゾンや楽天などネット通販は価格も手頃、商品もより取り見取りで、短期間に届くので極めて便利になっている。

  特に、実店舗で重量物や大きな物を買い物するのは高齢者にとって大変だが、宅配が原則のネット通販類は極めて便利で、高齢化時代に合致しているほか、幼い子供連れでの買い物が大変な子育て世帯には特に便利な買い方となっている。

 ②交通体系の進展の中での経済圏の拡大

  特に地方で公共交通体系が不便になるなか、ほとんどの家庭が車を有し、より品揃いが豊富で、地方の小規模商店などよりも安価で同一商品が手に入る中央資本も含め大型店舗へ足を運ぶことが日常になっている。

  地域で長く続いた飲食店や薬局なども中央資本の事業所が増し、特色あるサービスやオリジナルな物がない小規模・中小企業は先が見えない状況にある。

 ③ポイント制度やキャッシュレス決済の普及

  ネット通販やネットを介した様々なビジネス形態、主に中央資本系統の飲食や各種商業・サービス業、さらには電力・通信など広範囲な業種におけるポイント制度導入とポイント合算制度などに消費者はお得感を感じ、相当な特色やオリジナリティのある地域企業や消費対象を持つ企業を除けば、ポイント制度のない消費は、スマホやポイントカードを持つ人々には避けられるようになってきた。
  さらに、スマホやクレジットカードによるキャッシュレス決済が広く普及し、現金決済だけの店は相手にされなくなっている。

 例を上げればまだまだあるが、例えばこのような事例からも、産業経済構造は根底から変化しており、ましてや同族経営が中心の小規模・中小企業における後継者不足の中で従前の形態での経営存続は不可能になっている現状で、中小企業振興策として、これらへの単に無利子、低利子融資、あるいは補助金などによる救済措置は意味が薄れていると言わざるを得ません。

 また、別の視点から見ると、すでに廃業や地域における有力企業への経営譲渡という形が目立つようになっているが、存続が難しい多くの企業の軟着陸な形での事業停止により生じる従業員を、失業対策という視点ではなく、真の意味のリスキリングを行い、小規模でも中小でも、経営マインドが積極的で成長性の見込める企業へ移動してもらうことが効果的に思われます。
 すなわち、同一業種・業態の数を減らしながら、スケールメリットを深められる、より規模の大きな企業に集約することが、地域全体としての経済規模を維持しつつ、人手不足や賃金アップにもつなげることが出来るということになります。

 確かに、貴方のお店は先がないから店を閉めろとは言えないが、行政支援や商工団体や中小企業団体の支援指導の方向性の中で、軟着陸して行くような方向に転換すべきではないかと感じます。

 無担保無利子・低利子融資などの多様な中小企業支援融資があるが、先の見えない企業へのその場しのぎの融資は、かえって借入金が嵩み、結局は破綻する小規模・中小企業がある中で、反発は多いと思うが、一律公平な支援施策は出来るだけ少なくし、経営意欲が旺盛で可能性があり、前向きな企業にこそ、多方面から積極的に支援するとともに、現代の消費指向やニーズに敏感な若い層のベンチャー、起業に投資という観点から強力に支援し、地域に時代の潮流を踏まえた将来性力のある企業を増やすことが、賃金アップにつながることは確実です。

 中小企業団体や商工団体、各種産業団体は、自らの存続意義が薄まる会員企業の減少を嫌うと思うが、大企業と言えども危機感を感じ将来を見越して身を切る大改革や企業合併をしている現状で、お互いに大変、大変と言って、ぬるま湯に浸かった状態では先が見え、ますます団体そのものも先細りするのではないでしょうか。

 このような中で、最低賃金のアップに対し、本県は実施時期を大幅に遅らせ、賃金アップの対策のため1事業所当たり50万円の補助金制度を創設しましたが、無いより有る方がいいとしても、常識的には50万円という金額は、個人で出せる金額で、僅か50万円で賃金アップにつなげようとする企業は存続に値するか疑問です。
 いきなり1500円の賃金を出せと言っても無理とは思うが、現状の最低賃金を出せない企業には、経営上問題があると言っても過言ではないでしょうか。

 最低賃金は憲法で保障された、いわば人間として生きるために必要な最低のレート、生存権を保障する制度で、雇用者は支払う義務のあるものです。

 最低賃金とは別に、「生活賃金」という概念があり、これは雇用主の義務ではありませんが、労働者と家族が人間らしい生活水準を維持するための、人権尊重の観点からの賃金で、本来はこれが標準で、逆に最低賃金は例外的に捉えられるべきものではないかと思います。 我が国の厳しい社会経済環境、特に本県をはじめ地方のより厳しい状況は理解しつつも、このままの賃金体系では海外諸国にどんどんと追い抜かれ、また婚姻率の低下、少子化の傾向はますます強くなると推察されます。

 首都圏等、大都市地域から地方への移住促進や二地域居住、関係人口増加なども含め、地方創生策が国の肝いりで進められていますが、地方の方が子供を産み育て易い面はあるものの、大都市圏より賃金が低く魅力有る職場が少ない状況では、相対的に所詮は地域間の人口移動に過ぎず、極端な言い方をすれば、我が国の人口減少問題の本質から目をそらす政策に思えて仕方ありません。
 
和を尊び、激変を嫌いがちな日本で、この点に触れることはタブーという雰囲気の中ですが、最近では有識者のなかで、「不要な業種・業態は淘汰されるべき」とか、「AIの急激な進化により、10年、20年後に不要となる業種・業態は今から整理にかかるべき」と、聞きようによっては乱暴な意見とも受け止められますが、一方ではこのままの個別中小企業の保護政策的な産業経済政策では、いずれどうしようもなくなり、むしろ早めに方向転換した方が、賃金政策や人口対策にも有効な面もあるのではないでしょうか。

 一時の混乱、反発はあるとしても、日本そして地方の百年の大計から、経済政策の抜本的な改革が急がれるものと感じます。
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